愛媛県松山市に実在する、種田山頭火の終の住処の名称から頂きました。

NPO法人まつやま山頭火倶楽部公式WEBサイト:一草庵について
http://santokaclub.blogspot.jp/p/blog-page_02.html

昭和14年10月1日、山頭火は、終の住処を求めて四国松山の地に降り立ちました。山頭火は、大山澄太から紹介され松山時代の山頭火を支え続けた高橋一洵・藤岡政一らの奔走により、12月15日「一草庵」に入居しました。一草庵は道後温泉にほど近く御幸寺山の懐に抱かれるように、今でも閑静なたたずまいを見せています。もともとこの建物は、宇和島市出身の映画監督・伊藤大輔が、妹のために建てたもので、当時御幸寺の納屋として使われていました。山頭火はこの庵で、昭和15年10月11日まで、新しい俳句を作り続け最後の充実した約300日を過ごしたのです。

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私も山頭火と同じようにどこかに庵を構えたいと思い、松山をその地に選びました。

種田山頭火は、自由律俳句の俳人。
なぜその人に惹かれるのかは、作品の奥にある彼の生き様でしょうか。

 

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2015年4月、松山に関する日記を書くべく、このブログを立ち上げました。